子供を産まずに子孫を残せなくても素晴らしい技術や情報を残せれば、それで良いのだろう


人が未来に残せるもの

人は人を生む。太古の人が人を生んだから、今の人がいる。それは間違いない。これから先の未来に人が存在するとしたら、それは今の人が人を産んだ結果だ。

人は人を産むことによって、後世に何かを残す事ができる。遥か昔、技術や知識が乏しい時代ならば、そうする事でしか人は何かを残す事ができなかっただろう。

しかし今の時代は違う。人を産まなくても何かを残す事はできる。その一例が技術である。人は情報を言葉や絵という形で他者に伝達する事ができる生き物なので、後世に技術を残す事ができるのである。

それこそ、今の時代は誰もが数万円の金銭さえ有していれば手軽に情報を発信できる時代である。旅行ガイドや製品の使用法などをウェブサイトに掲載して他者の役に立つ人だってたくさんいる。「技術」というレベルの大仰な物だと、非常に才能に溢れた極々一部の人でしか作り出す事ができないけれど、「役に立つ情報」レベルのものであれば大半の人が生み出す事ができる。

今の時代、人が後世に残せるものは子供だけではないのだ。他者のためになる技術や情報を残す事だって可能だ。


子供を生む事だけが正義ではない

何故子供を産む事が素晴らしいのか?

それは多くのケースにおいて、産んだ子供が他者や国や世界の役に立つ存在になるからだ。そしてさらに、産んだ子供がさらに子供を産む可能性があるから、連鎖的に役に立つ可能性が高い。よって一般的に子供を産む事は素晴らしいとされている。

この意見が間違っているとは思わない。というかほとんど正しい。だが、だからと言って「子供を産む事が絶対的正義!それをしないとダメ!」ってなる訳ではないのだ。他の手段でも人類の役に立つ手段はある。その辺を冷静に考える事は大切だと思う。

仮に子供が産めなくても、子供を育てる行為は崇高である。子供に関わらずとも、人の役に立つ行為をするならば回り回って間接的に人類のためになるのである。

つまりは人の役に立つのが素晴らしい

簡単な話である。

人の役に立つ事をすれば、それは素晴らしいのである。子供を産み、育てるという行為はその中の一つというだけである。

そりゃあ、子供を産む人が少なすぎて、人の役に立つ技術や情報ばかりが過多になってしまえば、それはそれで人類存亡の危機になってしまうから、その辺はバランスの問題なのだが。

つっても、できない事はできないし、無理をすればロクな結果にならないのは自然の理である。各々が得意な分野で皆のために役に立てるのが一番効率が良いのは確かである。

親や世間様様は時として「子供を産まなければ人類に貢献したとは言えない!」みたいな暴論を吐いてくる時があるが、そんな時は冷静に考えてみて欲しい。産めばいいってもんじゃないし、本質的には人様の役に立つのが大切なのだ。

人には色々な事情があると思うので、その辺について思い悩まずに本質的な箇所を見極めて生きていければいいなと思う。