ポジティブ思考もネガティブ思考も現実を蔑ろにした時点で危険に変化する


ポジティブもネガティブも病的だ

ネガティブ思考よりかは、ポジティブ思考の方が良いと世間では言われている。言われているけれど、やはりそれは過半数の人間がそうだと言っているだけであり、実際問題、ポジティブ思考が正しいという訳ではない。

ただ、皆がそうだと言っていて、ポジティブ思考が故にさらにそのポジティブ思考度合いを強めていき、次第に己自身を否定できない病に掛かっているだけなのかもしれない。慢性的に落ち込んでいるのを鬱病と呼ぶが、その真逆にもきっと病名が付いて然るべきだ。

そんなポジティブシンキングを否定して、実はネガティブ思考の方が成功者が多いし、とっても良いのだぞ!みたいなネガティブを肯定するような話がしたいのではない。そんな話ではない。

ただ私は「ネガティブもポジティブも現実を蔑ろにした時点で同様に己を蝕む悪思考へと姿を変えてしまうのだ」という主張をしたいだけである。

言ってしまえば、ネガティブもポジティブも度を越してしまえば現実逃避なのである。


包丁の長所と欠点くらい誰だって分かるだろう

さて、ここに一本の包丁があるとしよう。それを見てどう思うだろうか?危ないと思うだろうか?それとも今夜の食事の献立でも考えるのだろうか?

包丁には良い面と悪い面がある。包丁は人を傷つけることができる道具であるし、包丁は美味しい料理を作り出す道具でもある。

何事もそうだ。二面性を抱えているのである。包丁の料理の利便性だけを見て、包丁の危険性を認めないのはポジティブだろうか?いや違う、現実逃避だ。

ならば、包丁の危険性だけを見て、この世から包丁を根絶しようと活動するのはネガティブだろうか?いや、ただのバカだ。

これがポジティブだとかネガティブだとかを事細かに思考して、自分がどちらに当てはまるかを考えるのが、如何に阿呆らしいことかを象徴するのである。

両方見ろ、馬鹿野郎。包丁は便利で危険なんだよ。その両方を認識して有効活用するのにポジティブもネガティブもないだろう。どっちかに偏った時点で、もうそいつらは精神状態がおかしいんだよ。

ちゃんと現実を見て、良い部分も悪い部分をしっかり認識して幸せに生きろ。