心配性は、果敢に墓穴を掘り進む

過度な心配が石橋を壊す

心配も過度に行えば全てが逆効果に終わる事になる。嘘がバレやしないかと心配になり、余計な取り繕いと余計な言動が重なって、あっさり罪を白状させられる結末を迎えた経験はないだろうか?

心配は精神状態に悪影響であるし、石橋は叩きすぎれば壊れて崩れるのである。過ぎたるは及ばざるが如しという格言もあるが、「やり過ぎるという行動コスト」がある分だけ、過ぎたる方が損失が大きいのである。何かをやらなくて損害を出すケースと何かをやり過ぎて損害を出すケースならば、何かをやった分の手間がさらに損失として計上される、ということだ。

確かに心配することは悪い事ではない。無謀で無鉄砲な人間は周囲から見ていれば退屈はしないけれど、危険な体験をする回数が増えるのだから、それだけ苦しむ場合もあるし、場合によっては死に至る可能性だって否めない。


適度な心配を

だが、これも「適度に」という話になるのである。阿呆はバランスを知らない。薬を大量投入して死ぬのが阿呆である。バランスを保つ方向へ働くのが薬であり、バランスを崩す方向へ働くのが毒である。

ってな感じである。心配性は墓穴を果敢に掘り進むのである。所謂、自滅だ。本人は必死だろうが、他人からすれば滑稽であろう。

心配で仕方ない時にこそ、精神的に参っている時こそ、一旦何もしないという行動を取るのが大切なのだ。心配のし過ぎを心配するべきなのである。