成人式や同窓会が大人の汚さの始まりであり、それは具体的にはマウント取りや自慢合戦という形で出てくる

成人式からなんじゃないかと思う。マウントの取り合いが始まるのは。

成人とは、大人になるって事であり、社会人の一員となる事である。至極、誇らしい儀式であり、これからの大人としての自分に夢を膨らませる時期であり、友達の成長にライバル心を掻き立てられる時期でもあるのだろう。

しかしながら実際の所、成人式がニュースとして取り上げられるような出来事ってのは、若者が大暴れして大変な事になってとか、着物が借りられないとか汚されたとか。大人のあんまり格好良くない部分がクローズアップされるようなイベントになってしまっている。「大人の誇らしさ」って奴がメインになるが故に、些細な汚れが酷く目立ってしまうのかもしれない。

とは言えども、やっぱり大人になるってことはそんなに格好良い事ではないのである。地位とか収入とか見栄とかに向かって必死こいて生きているのが大人だったりする。

その辺を成人になる若者も薄っすらと気づいているのだろう。久々に再開した友達は「恋人の自慢か学歴の自慢」を積極的に行って来たりはしなかっただろうか?「自分が如何に充実した人生を送っているか」という点に執拗にアピールしてきたりはしなかっただろうか?心当たりがあるじゃないだろうか?はたまた自分がその行為を行った覚えがあるんじゃないだろうか?

それが大人の階段を登った証拠であり、具体的には「マウント取り」に目覚めた証拠である。こんな不毛な争いは同窓会や結婚式でも行われる行為であり、大人の醜い部分が凝縮された行為である。久しぶりの友にそんな気持ち悪さを感じたのならば、それはきっとそういうことだ。

より良く生きる。自分が優秀だと言うことを誰かに認めてもらいたい。成長したい。そういう綺麗な向上心は嫉妬や喪失感や鬱憤が混ざると酷く醜く汚い物へと姿を変える。まぁそれこそが大人の強さだったりするのだが、毒性が強いので多量摂取はオススメしない。大人に成り立ての若者が挫折していく原因に五本指くらいには入るのではないだろうか。

自慢合戦にマウントの取り合いに喜びを覚える時もきっと来るだろうが、その反動で中毒症状により恐ろしく精神が疲弊する時もきっと来るだろう。そんな時に大切なのが「大人になる前の純粋に互いを思い合える友人」である。これは本当に貴重である。

そんな貴重な友人をもしも獲得していたのならば、そんな大切な友人をマウント取りの餌食には絶対にしてはならない。大人になるって言うのは、そんなに浅はかな行為ではない。

醜い行為は遠目で見て、スポーツ観戦でもする気分でにこやかに楽しんで、爽やかに過ぎ去っていけば良いのである。自らの心や大切な友人を売り飛ばすほどの価値はない。

もしかしたら、成人式で心無い友人にプライドを傷つけられたかもしれない。侮辱されたかもしれない。

だが、大人の嗜みとは少々毒気のあるものを嗜む程度に楽しむ態度なのである。

お酒もマウント合戦も媚びへつらいも皮肉も、嗜む程度ならば大人の楽しみを増幅させる可能性も否めない。

くれぐれも、毒に囚われてはならない。毒を制して毒を巧みに操るのが良い大人である。