どんなに知識や技術を磨いても年収が上がらないし評価も得られない人について

能力が高いのになぜ年収が低いのか

その分野の人間が知っていることは言われるまでもなく知っていて、その分野の人でも知っている人は少ないが、それでも業務においてクリティカルな要素であることが多々あるような、そんな「気付かれにくいけれど組織の存亡を揺るがすほどに重要」な知識をも十分に有している人がいる。

なんでも知っているから、何を聞いても答えられる。
なのに、何故だか年収がまるで上がらない。
不思議な事にそういった人間が世の中には相当数いるようである。

何故そういった現象が発生するのだろうか?不公平ではないのだろうか?その分野で必要な技術を持っていて、存分に発揮できる人間が高収入を獲得するべきであり、そうでない人間はその逆に境遇に陥るべきではないのだろうか?


人間の傲慢な思い込み

しかしながら、現実はそう簡単に運ばない。

何故ならば人は人の価値を全然見抜けないけれど、人は人の価値を見抜けると思い込んでいるからである。

また、人は自分自身は価値がある存在だと思いこんでいるし、実際はそんな価値がなくても自分自身に対しては絶対にそんな辛辣な評価を下したりしない。

境遇や運や周囲のせいにするし、それができなければ自傷行為で他者からの賞賛を受けるように努力したり、自傷行為で他者との関わりを断つように努力したりする。

「自分自身への完全なる自己否定ができない」という特徴を人間は有しているが故に、人は酷いレベルの思考的盲点を有してしまっているのである。それは眼球における盲点との比較にならないほど大きなものである。

とは言えども、だからこそ人はどんな大きな失敗をしても、どんなに無能な人間でも、その盲点によって過去の記憶を綺麗に忘却して都合良く改変することによって幸せに生きていくのである。

という訳で、それが「技術力の高い人間が必ずしも年収が高いわけではない」理由になる。

「自分だけは違う」って、みんな思ってる

あなたの年収を決める人間はあなたの全てを知っている訳ではない。
しかし、不思議な事に「あなたの年収を決める人間」はあなたの全てを知っていると思い込むし、一度そう思い込んだらそこから価値観が揺らぐことはまずない。
もしも間違っていることに薄っすら気づいたとしても、先述の通り、綺麗に忘却するか、都合良く改変するだけであり、その人があなたに謝罪をして賠償としての高収入を約束することはあり得ない。

さて、そう考えると人間は酷い存在だと誰だって思うだろうし、「自分はそうはなるまい」と思う人もいるだろうが、誰もがやはり過去を綺麗に忘却して都合良く改変する。誰もそれに気付かないし、気付きたくないのである。あなたが否定している誰かは、実はあなたと同様だが、同様であるが故にそうであることに気付くことはできない。

「他者は自己を映す鏡」とはよく言ったものである、鏡を自分の全てなんか見たくもないし、良い部分だけをクローズアップして見たいと思うのである。都合の悪い部分は見えないか、もしくは強く嫌悪するのである。嫌悪すると言っても「鏡に映る自分」を本当の自分自身だとは認識せずに嫌悪するのだが。所謂、同族嫌悪という奴である。


表面を磨くと綺麗に

まぁそんなこんなで、技術が高いことがそのまま年収に直結しない理由であった。言うまでもなく技術が高価値だが、それだけでは不十分なのである。

解決策としては、まずは「美男美女に人格や技術が備わっていなくても、優雅な生活を送れている現実」を直視するのが良いと思う。

要するに「実際に良いものが好まれる」のではなく、「人間によって良いものだと思い込みやすいもの」が好まれるのである。その典型が視覚的に分かりやすい美男美女という訳だ。

人は真実を嘘だと思い込むことができるし、嘘を真実だと思い込むこともできる。真実か嘘か、という情報は実は人にとってあまり重要ではないのである。

人は真実など見抜けない。だからこそ「分かりやすく綺麗に見えて都合の良い情報価値」を身に付けることが大切なのである。