隠された事柄には知的好奇心が刺激されるけど、知らない方が良いことだってある

「見なくても構わない物」を目を凝らして見る必要があるのだろうか?

表面上は、バカバカしいフリや楽しげなフリをしているけれど、細かい所を慎重に観察していくと気が付くことがある。それは人の本心だったり、作品の隠されたテーマだったり、組織がひた隠しにしている秘密だったりする。

これらの事柄は知れば知る程に興味が増すものであり、知的好奇心が刺激される典型だ。見えない物には興味が向かうのが人の世の常なのだろう。

しかしながら、知り過ぎる事が脳みそを楽しませたとしても、必ずしもそれがハッピーエンドに繋がる訳ではない。知らない方が良かった現実はあるし、知ってしまったからこそ消されてしまった人物だっているはずだ。だからといって、大切な人の本心を知らないままに、のうのうと暮らしていくのは悲しいことだ。

大切な人とは常に本心で語り合えればそれがベストであるのは誰だってきっと分かっている。だがそれを邪魔する障害が出現する事だって、経験を重ねれば、きっと分かってくることだ。

私は何を知るべきであり、何を細かく観察するべきであるのだろうか?

知ってしまえば最後、それを忘れることは叶わない。しかし、「知るべきでなかったかどうか」については知ってみなければ判別不能だ。だから人は隠された様々に手を突っ込んでしまう。気になってしまえば、好奇心は加速を始める。

それを回避したいのならば、いつでも正直でいるだし、多少は馬鹿でいることが肝要なのだろう。正直者は馬鹿を見るけど、バカ正直な人間に心を開く人間は多い。その辺はその人の好みによって、酸いも甘いも選り好みして欲しい所だ。どの道、何かしらはある。