闇営業をした芸人達はきっと嘘がバレる確率を計算した上で嘘をついたのだろう

嘘がバレる確率

嘘がバレる確率を計算して、嘘を付くかどうかを決定する人ってのがいるんじゃないかと思った。闇芸人達による闇営業を通してそう思った。
残念ながら彼らは嘘を暴かれてしまい、最終的に余計に都合の悪い展開へと直進してしまった訳ではあるが、最後まで嘘がバレなければ、もしかしたら活動休止の事態は避けられたかもしれない。

嘘がバレたら被害はデカイが、嘘がバレなきゃ無罪で済むぞ。

そんな悪魔の囁きがきっと今日もどこかの誰かの耳元に聞こえているのではないだろうか?

いつでも正直でいるってことは少年少女達にとってはきっと絶対的な正義なのだろう。漫画やアニメや特撮ヒーローがそう教えてくれているはずだ。


正直が美徳じゃないことに気づいてしまった大人

だが、大人になれば絶対的な正義は虚構であるし、時と場合によっては嘘を付くことが全体を平和にすることだってあることを知る。さらには何でも正直に自分の心を打ち明けることが、どうしようもない程の他者への甘えの姿勢になっていることに気付くことだってあるだろう。

世間一般では嘘は悪だと皆が言っているが、その実、大人は薄々気づいているのだ。嘘は結果と状況によって様々な姿へと変貌させるということに。

で、そんな綺麗な嘘とか自立のための嘘とか格好良い嘘も存在するのであるが、実際の所、その大半は保身のためのしょーもない嘘である。大人は子供より圧倒的に優れている点は、自己保身のために嘘と綺麗事を上手に使いこなせる点であろう。

だから、まず最初に嘘がバレるかどうかの確率を計算して、バレないのならば嘘を突き通そうとする。そして、嘘が万一バレてしまったのならば、そこには綺麗な理由があったとさらに嘘を重ねる。それも心とか精神とか言った証明するのが困難な領域において嘘を付くからバレようがない。場合によっては自分自身までをも騙し通してしまう。

これは汚いとか卑怯という表現で卑下されるものだが、当の本人からすれば生命を大切に守り抜くための懸命な手段であるのだ。結局、正義も悪も自己の命よりは重要ではないのである。

「嘘はどうせいつかバレるのだから、正直に言いなさい」なんて言うけど、バレなかった嘘は真実となり得るのだから、何事も正直に言う必要性はない。物質的な生命も競争によって勝ち残るのであれば、情報もまた押し合いの叩きあいでの生き残り合戦なのである。

って訳だから、宮迫さんを始めとする闇営業をする闇芸人さん達は今回は残念だったねって気分である。同情もしないし、悪いことだとも思うけれど、欠片程度には分からんでもない心情である。まぁ、許されないけどね。