変わるために「変わらない努力」が必要な理由

変わらない努力を継続と呼ぶ

人は変わりたくて努力を始めるけれど、一方でその努力を「変わらず行う」ということができる人は稀だ。

人が変わるためには「変わらない努力」を継続的に実践しなければいけないのである。

言ってみれば固定のための努力である。せっかく装着したギブスを外してしまえば骨は安定しない。
だからこそ、人が変化するためには「変わらない努力」を心掛ける必要がある。


継続と不安

人間というのは不思議なもので変わるための努力を始めて、しばらく継続していると、どうにも不安な気持ちになってくる。「本当にこの努力の仕方で正しいのだろうか?」「もっと効率の良い努力の仕方があるのではないか?」という気持ちが脳裏を駆け巡って、努力は手に付かなくなり、他の努力の仕方を調べ試してみる。

結果として最初に始めた努力は継続的に行われることなく、その人に変化は発生しない。

「常に変化し続けることによって変化しない」という徒労を人間は自らに課してしまう癖がある。これは俗に言うホメオスタシスというもので、自分をいつも通りに保持しようとする働きらしい。

かくいう私が、今この状態にハマっているからこそ心の底から思う。私の無意識は変化するのを恐れているのだと。

自己観察が悪手を防ぐ

そんな状況をどうやって打破するのかというと、きっと効果的なのが、今実際やっている通り文書に書き留めて「今自分はこういう心理状況なのだ、どういう段階にいるのだ」と客観的に観察することなのだろう。

そうやって俯瞰して自己を眺めることができれば、いくら本能的な働きであっても「あぁ、この人は馬鹿なことをやっているなぁ」と冷静な気持ちになって、変わらない努力を継続できるんじゃないだろうか。

変わるために、変わろうとしない努力をする。不思議なものだが、長期的な目線で見るとそれが大事なのである。