徳井義実さんの脱税事件についてルーズだからと言い訳をしても「人柄の良さ」についての評価は絶対に下がる理由

人柄の良さってのは、結局の所、能力に依存するものなんだな、と思った。

誠実ってのは、毎日一貫性を持って何かに取り組む姿勢から感じ取れるものであるし、几帳面というのは大切な物事に取り組む時に問題点を見つけ出せる時に言われるものであるし、穏やかさを評価される時は日常生活において怒らずに課題をクリアしていける人に対してである。

「人柄が良い」ってのは、ある特徴がプラスの成果を発揮した時に与えられる、ポジティブな評価の総称なのであろう。

徳井義実という、あの「チリンチリン」で有名なM-1グランプリの覇者である彼に対して、「あぁ、結局この人の人柄の良さは嘘だったんじゃないか」と最近私が思っている理由は、そういう原理から来るものなんだろうなぁ、としみじみと思う次第である。

彼は自分の失敗を「ルーズだから」という箇所に原因を置いた。つまりは悪意を持って脱税行為を行ったのではなく、ただ単純に「自分の性格が悪いから、バカだから、結果としてそんな事態に陥ってしまった」とした。

つまりは、能動的ではなく受動的にそうなってしまったのだと言う、多少の責任転嫁を試みた訳である。それでも彼の内面から発するものなのだから、彼自身が悪くないという結果にはならない。その辺はちゃんと理解しているようで謝罪そのものは行っている。

だが、徳井さんとしても今後の芸能生活を継続したいという願望があるのか、心の底から悪意がないことを証明したいのかは不明ではあるが、「世間からの印象をできるだけ悪くしないようにする」という方向性にて努力を行っているようである。

徳井義実さんのその努力が叶い、芸能界に復帰できて損失を補填できるのか、はたまた当事件を持って晴れて芸能界を引退するかどうかは、なんとも分からない所である。

だが、個人的に気になる所はそこではなく、最終的にどのような結果に転ぼうとも徳井さんの「人柄の良さ」に対する評価は下落するのではないかと思っている。

「バカだから、ルーズだから、しょうがないよね!人柄が悪い訳ではないよね!」という評価が当事件における理想的な終わり方だとは思うが、そんな楽観的な終息はしないと思うのである。

何故なら、「人柄の良さ」っていうのは、ある特徴がプラスの成果を出した時に与えられるものだからである。

「毎日一貫性を持って何かに取り組む姿勢」があっても悪い結果しか出さないのであれば「頑固、協調性がない、チームの和を乱す」等の評価しか得られないだろう。

「細かいことに一々口を出す」けれど、何にも成果に繋がらない人間は「神経質、ヒステリー」と呼ばれるだろう。

「いつもボーッとしていて」何事にも役に立たない人間がいれば「無能、阿呆」と誹りを受けることだろう。

徳井さんは「ルーズ」という言葉で自分を評価した。このルーズという表現は現代的な価値観においては、格好良いと思う人も多少は存在する類の言葉である。

「世間の価値観に左右されず、自分の生き方を追求しているからこその、ルーズ」とか、「意識高い系に惑わされずに、自分の信念に基づいて行動するからこそ、ルーズに見られてしまう」とか、そういう「大衆が持つ最大公約数的な正義」に対して批判的な目を向ける人間にとっては、ルーズという言葉が魅力的に見える場面もあるだろう。

だが、「ルーズ」と評する特徴にて、徳井さんは悪い成果を出した。もう、それが全てなんだろうなぁ、と思う。ある特徴にて悪い成果を出したのならば、その人の人柄は悪いという評価を下すのが人間である。

なので、徳井義実さんとしては今回の事件で印象の低下はどうしたって免れないだろう。その辺は当たり前に当人が分かっているだろうが。

そして、芸能界を引退せずに済むならば、きっと長い時間が「過去の印象低下」なんて簡単に洗い流してしまうのだろうな。

なんとも複雑な気分である。