欲望が身を滅ぼすと言われる理由とその対策

人は強欲を抱えると、判断力も行動力も運も頭脳も悪くなる。

強欲はまずいのである。そんなことを最近感じる。

欲というのはどう扱ったら良いものか?「欲をかくから失敗したんだ!」なんて叱責は今でもよく聞く言葉ある。確かに事情を聞いてみれば、その人の行動は強欲そのものであり、理性を忘れて阿呆みたいな行動をして失墜しているのである。

そんな事情を知ると「あぁ、やはり欲を持つことはいけないのだなぁ」と痛感して、一切の我欲を捨て去って悟りを開いて森羅万象と一体になろうかな、なんて思ってしまうけれど、それもまた違う。

人間ってのは欲がなければ何もできないのである。生きる屍なのである。そしてその「欲を持たない生きる屍」は大した時間も掛からずに死に至るのである。何故なら、食欲までをも捨て去ってしまったら人間は餓死するからである。

欲は生命にとって不可欠である。では、欲とどう向き合えば良いのか?

欲とは「願望とエネルギー」の融合体である。

エネルギーだけでは「ただの元気な人」であるし、願望だけでは「ただの妄想」である。「大金持ちになりたいなぁ」と願望するだけで何ひとつ行動を見せないのであれば、それは欲望と呼ぶに相応しくない。漫画の世界に夢を馳せるようなもの程度である。

欲とは「願望とエネルギー」が組み合わさった時に発生する感情であるが、これを放ったらかしにして置くと、問題が起こる。先に挙げたような「欲をかいて失敗」するようなケースが起こってしまう。

何故か?それは暴走するからである。コントロールができないからである。

ハンドルとブレーキがない車を想像してほしい、それが欲である。危なさ満点である。

じゃあこれを安全快適にするためには何が必要か?そうである、ハンドルとブレーキである。言い換えれば、計画と自制心である。

願望は目的地であり、エネルギーは燃料である。その上で、どうやってそこまで辿り着くかの「計画」と、危険な事態に巡り合わせた時に停止するための「自制心」があれば、欲望は決して悪い結果を生まない。良い結果を生むかもしれないし、そうならなくても経験や技術などの得るものはあるのだ。

つまり「欲をかくと失敗する」というのは、暴走して事故を起こしてしまった人に対する叱責なのである。ガソリンが足りずに山の中でエンストして立ち往生してしまったり、チキンレースで適切なタイミングでブレーキを踏めなかったり、地図を描かず知らないところで迷子になったり、という事を総称しての教訓なのである。

最初に浮かび上がるのは欲望だけである。初期状態では願望とエネルギーだけがただそこにある。

その可能性を暴走させないで最善の結果を獲得することが、人間の強さであり知恵である。

欲望が膨れ上がったら、
・欲望を叶えるとは具体的にどういうことか?
・そのためには何をすれば良いのか?
・現時点で自分は何を持っているのか?
という要素を事細かに書き連ねるのが重要である。

目の前に広がる景色がどのようなものか詳細に知り尽くすことができれば誰だって無謀な行動は取らない。

一歩前に踏み出せば崖に転落することを知っていれば、誰だって停止するか引き返すかする。

そこが舗装された安全な道だと判明すれば、目を閉じてでも歩き出せる。