「Dead Cellsと風来のシレン」が毎日手軽に遊べるゲームの代表だと思う理由

Dead Cellsと風来のシレン

Dead Cellsは風来のシレンと同じくらい素晴らしいゲームであると思う。
というか個人的にはシレンよりも現在の評価は上だ。

この辺の評価は今現在私が楽しんでいるゲームの方が記憶が新しく感動も如実に味わえているのだから、
そりゃ最新のゲームの方が勝つだろうとは思うけれども、それでもDead Cellsの何が良いのかを述べたい。

Dead Cellsの良い所としては、シレンと被るけれど「既知と未知」が混在する所であろう。
ステージと敵キャラは同一である。そして武器や防具も知っているものが多い。

だが、その中でも新たな武器や防具、それによって生まれる敵との戦い方、はたまた最速プレイを目指すか、ノーダメージプレイを目指すか、
と言った具合に、組み合わせのパターンが非常に多いのである。

だから、似たような状況でも、退屈感は出てこない。むしろワクワクするのである。
同じ物でも違う楽しみ方を見いだせるのは素晴らしいことである。


アクションゲームの手軽さ

またDead Cellsはアクションゲームであることが最近の私にとっては有り難いのである。
何故なら、そんなに深く考えなくてもオッケーだからである。楽なのだ。簡単なのだ。

いざとなったら攻撃ボタンを連打しているだけでも敵を倒すことができる。
(ダメージは存分に喰らうけれど)

そんな無思考で爽快な楽しみを味わえるってのは、日々の疲れを癒やすのにはもってこいなのである。
シレンみたいに思考を巡らすゲームも楽しいのは確かなのだが、疲れた脳と肉体にはちょっと苦しい時がやってきてしまう。
そして毎日のプレイングを怠ってしまうのである。
まぁ別に怠ってもいいのだが、怠るようなゲームというのは怠らないゲームよりも魅力は低いのだろう。

今は、プロゲーマーとかゲームの大会とかがたくさんあるらしいけれど、
基本的にはゲームというのは苦しむための物ではなく、楽しむためのものであると私は考えるので、
簡単に快感を得られるのであれば、それに越したことはない。苦しむのは日々の労働だけで十分である。

Dead Cellsの悪い所

その逆にDead Cellsの悪い所と言えば、世界観が暗い所だろう。
精神がかなり荒んでいる時にプレイすると、余計に荒む、悲観的になってしまう時がある。

怒り系統のストレスが溜まっている時にプレイすると、すっきり爽快な気分になる。
その辺はやっぱり、その時の自分の精神状態によって遊ぶゲームを変化させるのが妥当なのだろう。

という訳だから、結局は風来のシレンもDead Cellsも素晴らしいゲームだと言うことなのだろう。

Dead Cellsではボスセルチャレンジなんで全然できてないし、追加コンテンツを購入したけど、その要素に欠片も触れられていない私だけれど、
それでもどうでもいいのである。楽しければいいのである。

個人的には氷結の波動で敵を凍らせてから、鈍器の代表武器であろうフリントでボコボコにするのが気持ち良いのである。

普段からどんなストレスを抱えてんだよ。